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 朝練を終え、教室へ向かう途中で、後ろから背中を押された。何となく誰なのかは想像がついた。昨日、清水先輩に告白をした咲は、その結果を連絡して来なかった。
 振り向いたそこにあった咲の顔は、満面の笑み、だった事に安堵する。
「おはよ」
 多少の呆れを含んだ笑みで朝の挨拶をした清香に、咲はいきなり強く抱きついてきた。
「清水先輩が付き合ってくれるってー」
 ぎゅーっと身体を絞られるように抱きしめられ「ちょ、待て、離れろ」と肩をぐいっと押す。咲が話した言葉を一度頭の中で反芻して、それから喜びの感情が心の底から湧き出てくるのを感じる。
「凄いじゃん、良かったじゃん。つーかメール来ないからどうなったか気になってたんだよ」
 珍しく興奮気味に話す清香の言葉に、頬を赤く染めた咲は「びっくりさせたくて」と言って肩を竦めて見せた。
 なかなか意外で嬉しい展開だった。ただの先輩、後輩の関係でしかない二人。誰の働きかけもなければ話す事さえなかったかも知れない二人が、付き合う事になるとは思わなかった。咲自身も「玉砕覚悟」で臨む告白だとは言っていた。きっと優しい優斗が色々と働きかけてくれていたのだろう事は明らかで、優しいくせにどうして金髪で、荒くれ者なんだろうかと清香は忍び笑いをする。普通にしていれば、背が高くて脚が長い、なかなかイケメンの好青年なのに、と。
 到着した教室を見回すが、下敷きで顔を扇ぐ秀雄以外のメンツは登校しておらず、咲は「早く言いたいのにー」とうずうずしている。
 自席について鞄の中身を机に入れながら考える。咲は凄い。日頃から会話をする仲ならまだしも、そうではない、一目惚れをした先輩に近づき、話し、告白して、モノにしてしまった。それにひきかえ自分はどうだ、こんなに近くにいて、好きなのに、目の前にいるのに話す事すらままならず、やっと話せるようになったけれど、やはり自分からは話し掛けにくく、一歩引いてしまう。話す度、心臓が悲鳴を上げる。いい加減慣れないと身が持たないとさえ思う。
「おはよー」
 顔を上げたそこにあったのは頭に思い浮かんでいた圭司そのものの顔で、はじかれたように「おはよっ」と返す。
 いつもは教室の後ろのドアから入ってきてそのまま一番後ろの席につくのに、今朝は前のドアから入ってきて、わざわざ清香がいる窓側の席まで回り込んできて挨拶し、それから自分の席についた。そこには何ら意味などないのかも知れないけれど、清香にはそれが妙に嬉しくて、どことなく視線を投げながら頬杖をつき、ぼーっとしてしまう。
「おい」
 清香の額を手の平で叩いたのは雅樹で「朝から目線がヤバいぞ、やめろ」と言い残して後ろへ歩いて行く。そこで初めて清香は自分が呆けていた事を思い知らされた。叩かれた額にかかる前髪を、手櫛で整えて咳払いをし、気を落ち着かせる。
 優斗の席の辺りで咲が皆に報告をしているようで、歓声が沸いている。人間が七人も集まると結構騒がしい。教室内の視線が一気に掃除用具箱の前の集団に集まる。
「何見てんだよ」
 雅樹の凄みのある声のせいで一気に視線は散って行く。雅樹は、優斗とは質の違う不良生徒。優斗よりもたちが悪い。可愛げがないのだ。四人の中で最もまともなのは秀雄で、勉強もできるし顔も広く、世渡り上手なポジション。圭司は不良ではないけれど、授業態度は悪いし、お世辞にも良い子ではないので教師からも目をつけられている。けれど、出来ないのではなくて「やらない」なのは明らかで、時々驚くほどの頭の回転を見せる事がある。そんなギャップも、清香が惚れている理由の一つだ。

 背中を突かれる。手紙だ。
「告白はしないの?」
 自分がうまくいったからと言って、こちらもうまく行く訳ではないのだ、と清香はむしゃくしゃして、赤ペンを取り出した。
「何のタイミングもなく告白できる咲さんとは一緒にしないでください」
 殴り書いたその手紙を後ろの席に渡そうと顔を横に向けた刹那、圭司の目線とかち合った。見られた。いや、見られていた? いつから?
 すぐに前を向き、馬鹿みたいに拍動を高める心臓に気を取られる。手紙を受け渡ししている間に進んでしまった板書分をノートに書こうと黒板に目を遣りシャーペンを握るが、手が震えている。
 と、また後ろから突かれる。
「タイミングがあれば告白する、という事でいいんですか?」
 清香は額に手をあて、すぐ上に赤ペンで書いた自分の文字を恨めしく思った。「タイミング」云々なんて書くんじゃなかったと、後悔が走る。
「そうですね、あれば、の話ね」
 シャーペンで走り書きをし、横を向くと、また目が合う。今度は手を振られ、清香は咲の机に手紙を静かに置くと、教師が黒板に向かった隙にシャーペンを持つ右手をひらりと上げてみせた。
 つんつん。
「アイシテルのサインですか?」
 咲に聞こえるようにわざと大仰な音を立てて、清香はその手紙を握りつぶした。背後から、咲がケタケタ笑う声が聞こえ、教師の注意が飛ぶ。


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