13 白光



 12月に入り、一気に冷え込みが厳しくなった。マフラーに顔を埋めて歩く。街の中は毎年飽きずにクリスマスのイルミネーションで着飾っている。最近は青色LEDの普及で、寒色系のイルミネーションが増えたが、どうも寒々しくて好きになれない。

 サトルさんの家へ向かう前に、レイちゃんに電話をした。
 サトルさんに会いに行くと言ったら、幻滅されるんじゃないかと思ってそれまで黙っていたが、宿泊のアリバイ工作の為に、レイちゃんの協力が必要だった。

 「すっごく好きかどうか、相手が信用できる相手かどうか、見極めておいで」
 レイちゃんは落ち着いた声でゆっくりと、そう言ってくれた。

 太いストライプ柄の傘に、大粒の雨が当たる音と、クリスマスソングが交じり合って騒々しい街中を抜け、完全に覚えてしまったサトルさんの家までの道のりを歩いた。途中のコンビニエンスストアで、ビールと缶酎ハイを買った。サトルさんの家に着く頃には、コンビニのビニールからは雨が滴っていた。冷たい雨だ。


 「お邪魔しまーす」
 手に持っているビニール袋をクイっと持ち上げて見せた。
 「雨の中大変だったね。どうぞ、あ、傘はその辺に置いて」
 ビニール袋を受け取ったサトルさんは、ビニールから滴る雨水に「凄い雨だな」と呟いた。
 炬燵には、春に見た炬燵布団が掛けられていた。だけどそこで暖をとっている形跡はなく、エアコンから排出される温風の下に、サトルさんが作ったと思われるおつまみ各種と缶ビールが床置きにされていた。エアコンの直下にあった筈のテレビは、反対側に移動していた。

 床置きになったおつまみを挟んで対面に座り、乾杯をした。身体が温まるまで、少し時間が掛かった。
 「で、彼氏とは順調なのかい?」
 「うん、まぁ傍から見ればとても順調だけど、私はちょっと――無理してるみたい。『男友達』に指摘されてさ」
 例のヒトね、と付け加えた。
 「具体的にはどういう事なの?」
 「たった二年しか付き合ってないけどね、情みたいなものが湧いてしまってるんだと思うんだ。勿論愛情もあるんだけど、その比率が、思っていた以上に「情」側に傾いているというか」

 本当はそれだけではなかった。情に絆されつつ付き合っている彼氏の他に、好きな人がいるんだとは、なかなか言い出せなかった。
 「なるほどね」
 サトルさんはビールを一口呑み、続けた。
 「いいんじゃないの、情でもさ。それでミキ嬢と彼が幸せに過ごしているなら、間違っていないと思うんだけど。どうかな?」
 情であっても想いあっているならそれでいい。確かにそう言えるかもしれない。無言でコクリと頷いた。

 「その男友達君は、やっぱりミキ嬢に気があるんじゃないかな。そんな指摘をしてくるなんて、よく見てるしよく考えてるよ」
 「いや、それはないよ。まぁ、彼氏と別れた時に色々と事後処理に付き合わせてしまったから。『何だコイツ、調子いい奴』って思ってるんじゃないかな」
 「君たちは複雑な関係だねぇ」

 ぐいっとビールを飲み干してサトルさんは立ち上がり掃出し窓を少し開ける。冷気が一気に入り込む。雪でも降りそうな、痛烈な冷気。
 「ここにビールを置いておくと良く冷えます」
 と、窓の外からビールを取り出して見せた。
 「エコだね」
 「そう、俺は地球にやさしい男だから」
 エアコンをガンガンにかけてる人間が言うセリフですか、と突っ込んだ。サトルさんは笑いながら、手元にあったタオルで缶ビールについた雨水をふき取って、プルタブを開けた。

 本当は、サトルさんの話が聞きたかったのだが、サトルさんの話術に乗せられて私は自分の事ばかり喋ってしまった。
 「煙草が無くなった。ちょっと取ってくる」
 と言いながら片手をついて立ち上がり、キッチンの方へ向かって行った。私はサトルさんが作ったほうれん草のおひたしをつまんだ。上にまぶした鰹節が、箸にまとわりついた。行儀が悪いかなと思いつつも箸の先をチュッと吸った。

 煙草を手にしたサトルさんが戻ってきた。
 「その仕草はちょっと、エロいね」
 「へ?」
 サトルさんは元いた場所に戻らず、私の背後に座った。両の腕が、私の身体を抱きしめた。

 「前にうちに来た時の事、覚えてる?」
 「うん、覚えてる。勿論ですとも」
 サトルさんの右手に、恐る恐る自分の震える右手を重ねると、左手で重ね返してきた。
 「俺の事、想ってくれてたんだね。嬉しかったよ」
 確かにあの日から暫く、私の心はサトルさんに奪われていた。だけど、『遠くの親戚より、近くの他人』と言うではないか。私は自分の身近で自分を思ってくれるユウを選んた。

 それに、サトルさんの私への「想い」は、その場限りの物であったと、私は認識している。
 「でもサトルさんの『好き』は持続しないんでしょ?シャボン玉みたいに消えるの?」
 「俺はそういう男なのだよ。責任の取り方が分からない。」
 抱きしめる腕に力が入る。ふわふわに話をはぐらかされているように思えるのだが、責め立てる言葉が出てこない。背中を覆うサトルさんの身体が暖かい。

 耳にキスをされた。身体に電気が走るような痺れを感じた。
 そのまま押し倒され、仰向けになった。頬に、額に、キスを落とされた。サトルさんは電気から垂れ下がる紐を2度引き、闇を作った。
 唇を重ねる。歯列の隙間からサトルさんの唇が入り込み、私の舌と絡み合う。それだけでもとろけてしまいそうな快感に、吐息が漏れてしまう。

 冷静な自分が「キスに慣れてる」と感じた。きっとたくさんの女性とのキスを経験してきているんだろう。ユウの幼げなキスとは違う、気遣いの様な物が感じられた。

 片手で私の頬を撫でながら、もう片手で私の胸をまさぐり、敏感な部分に触れた。身体が跳ねる。薄闇の中浮き上がったサトルさんの目と目が合う。あぁ、きっと今、私の顔は真っ赤だ。
 優しく服を脱がせ、自分の服もさっと脱ぎ取ったサトルさんは、再び私の胸を刺激し始めた。私の身体が跳ねるのを楽しんでいるのか、執拗につまみ、弾く。そしてその指は唇に、舌に変わった。

 身体を撫でながら下半身に入り込んできた指先が、私の突起に触れる。
 「あっ――」
 思わず声が出てしまう。
 「もっと、声聞かせてよ」
 耳元で囁くサトルさんの声にすら反応し、身体がむず痒くなる様な感覚が全身を走る。
 「はっ――あぁ、恥ずかしぃ――」
 指で突起を左右に揺らされ、快感が脳内を占拠する。
 すっかり濡れてしまった部分に指が入り込み、刺激される。卑猥な音が聞こえる。
 「痛ぇ?」
 被りを振った。痛いどころか――。

 状況を俯瞰しているもう一人の自分が、「ここはアパートだ。声を出すな」と言う。
 快感で溢れてしまいそうな声を押し殺すが、殺し切れずに漏れた。
 「はぁっ――あぁっ――」
 すっかり硬くなったサトルさん自身を手で握り、ゆっくりと扱く。びくっと身体を震わせ、先端から粘性のある液体が漏れる。私は起き上がり、今度はサトルさんを押し倒した。形勢逆転。

 液体の出所をキャンディを舐めるように刺激すると、サトルさんも声を漏らした。そのまま口に含み、扱くと、口の中には液体の味が滲みてくる。液体と唾液が交じり合った卑猥な音を立てながら、扱き続けた。
 「ちょっ――もう我慢できない」
 そばにあったコンドームを器用に装着し(いつ準備したんだ、と冷静な私は考える)、私の脚を広げて、入り込んできた。暖かいものが出入りする。

 この瞬間、サトルさんは私を愛しく思ってくれているのだろうか。友達以上の感情を抱いてくれているのだろうか。息を切らせながら出し入れするサトルさんを抱き寄せ、キスをした。どうか、今だけでも、私を愛してくれていますように。

 果てる瞬間、サトルさんは足元にあったビールの缶を倒してしまい、残っていたビールが床を濡らした。
「あっちもこっちも濡れちゃったな」
 コンドームを抜きながらそんな冗談を言った。
 私はショーツだけを身に着け、闇にすっかり慣れた目でビールがこぼれた所を、傍にあったタオル(ビールの缶を拭ってタオルだ)で拭き取った。畳にシミが出来ているが、そう広範囲ではない。

 壁掛け時計を見ると、深夜1時をまわっていた。
 サトルさんはボクサーパンツを履きクローゼットへ行き「これ着てよ」と私にTシャツを貸してくれた。部屋着なのだろうか、くたっとした感触が心地よく「ありがとう」と言ってそれを着た。サトルさんの匂いがした。
 サトルさんが敷いてくれた布団に入ると、すぐに抱きしめられた。

 『すっごく好きかどうか、相手が信用できる相手かどうか、見極めておいで。』
 レイちゃんの言葉が頭をよぎった。

 身体の関係を持ったからこそ、「好き」に拍車が掛かった。サトルさんを凄く好きになった。
 優しい気遣いのある愛撫は、サトルさんが歴戦の勇である事を感じさせるものの、誰にだって過去はあるんだ。私なんて過去じゃく、これは正真正銘の「浮気」である訳だし。
 しかし、私がいくら相手を好いていても、相手が自分を好いているとは限らないという所が、恋愛の面倒くさい部分だ。
 サトルさんは私と遂に最後までヤった訳だけど、以前のサトルさんの言葉を借りれば、今この瞬間は私を愛おしいと思ってくれているのかもしれない。だけど明日はどうだろう。サトルさんの「好き」は持続しないのだ。
 『俺はそういう男』と言ったサトルさんの真意が分からない。それが分かったところで、酷く傷つくような気がして、問いただす勇気が出ない。

 世に言う「ピロートーク」をしている最中、やや沈黙があり、そのままサトルさんは眠りについてしまった。
 サトルさんの胸に抱かれ、サトルさんの規則的な寝息を聞いている。さっきまで激しく降っていた雨は止んだのか、雨音がやんでいた。


 翌朝、私が目を覚ますと、気配を感じ取ったのか、サトルさんの瞼が幾度か瞬き、そして開いた。昨晩とは体勢は変わってはいるものの、まだサトルさんに抱かれたままだった。ふと掃出し窓に目をやると、下半分のすりガラス部分が眩しく白く、発光していた。
 「なんだろう」2人して窓に近づき外を見ると、真っ白な雪が積もっていた。昨夜の雨は、雪に変わっていたのだ。
 「雪だねぇ、綺麗」
 「そうだね、眩しいね」
 日光を浴びた雪が発する光に照らされながら、その場で抱き合って長いキスをした。
 唇を話すと、じっと見つめられ、私は照れくさく俯いた。サトルさんは抱き寄せてくれた。



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