inserted by FC2 system


―十― 太田塁

 あの目だ。俺が彼女の腕を掴んだ瞬間の、あの目だ。冷たく宿る、水色とも透明ともつかない、あの色。冷たさ。あれが鉛筆の単色で表現出来たらどんなに素晴らしいか。
 男性を警戒している時に、あの目をするのかも知れない。あの日、春空の下オンボロの会議机に向かってきた時、きっと彼女は俺たちを警戒していたのだろう。じっと見つめる俺の視線にも。

 女性二人と智樹は、早速バーベキューの支度を始めた。野菜を切る音と話し声が聞こえてくる。
「塁も手伝えよ」
 智樹の声が飛ぶが「俺が料理なんて出来ると思うか?」そう言って小さなソファに横になり、傍にあったベースボールマガジンを見るともなしに見た。

やめてよ、先刻のあの言葉が耳に張り付いている。そしてあの瞬間の、冷やかな瞳。あれこそが、俺が描きたかった瞳だった。今度は描けるかもしれない。
 肉の焼ける匂いがしてきた。皆の元へ行くと、拓美ちゃんが焼きあがった肉を皿に乗せて「はい、塁の」と手渡してくれた。タレにつけて、口にする。
「拓美ちゃんが焼く肉は三倍美味い」と言うと「私はどうなの!」と子犬の様に吠える矢部君に「一倍」と投げる。
「いや、美味いよ。君枝ちゃんが焼く肉」
 智樹のフォローが入ると俄然腹が立つ。あいつの目は最近、矢部君に向かっている。何の取り柄もなさそうな彼女の、どこに惹かれているのだろう。少なくとも俺は、あの瞳だ。