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―十五― 太田塁

 矢部君と相合傘をしたら、智樹が難癖つけてくるだろう、ある程度予想ができた。あの反応を見るに、やはり智樹は矢部君に気があるのだろう、そう確信する。
 俺は、智樹が幸せになれば良いと思っている。だから理恵ちゃんと智樹が別れた事にショックを受けた。当たり前だ、お似合いの二人だったから。俺には付け入る隙がないぐらい、幸せそうに映っていたから。
「俺と相合傘じゃ、嫌だとか、思ってる?」
 矢部君のピンクの傘の柄を握って、なるべく彼女が濡れない様に、彼女に近付くのだが、彼女はどんどん離れようとする。嫌がり方が露骨だ。
「嫌だとは思ってないけど、その――」
「リハビリ、でしょ」
 そう言って彼女の肩に俺の腕を押し当てると、飛び退くように彼女が傘から飛び出した。強まった雨脚のせいで、彼女の左肩はじっとり雨に濡れている。
「なーにやってんの」
 傘を差し出すとおずおずとその下に戻ってきた。
「智樹と相合傘の方が、良かった?」
 鎌をかけたという形か。我ながら、嫌な奴だと思う。
「そ、そんな事ない。傘がない人に傘を貸すのは、あ、当たり前でしょ」
 現時点で、智樹の事をどうにも思ってはいないのだろうか。判断に迷う言い草だった。
 だから何なんだ? 矢部君を智樹に取られたくないのか? 智樹が幸せになって欲しいのではないのか?

 俺がずっと抱えて来た、誰にも言えない思い。中等部の頃から続いているこの思いとは、長い付き合いになる。
 俺はそれなりにモテた。女から告白される事は何度もあったが、断り続けた。俺より女にモテたあいつが、そうしていたから。野球にのめり込むあいつが、女を寄せ付けようとしないから。
 俺はあいつの事が、好きなのだ、恐らく。同性愛などという次元までは達していない。そういう関係になりたいのではない。ただ、好きなのだ。女として完璧な理恵ちゃんが介入する事でカモフラージュされていた智樹への歪んだ感情が、ここに来てジワジワと顔を出しつつある。
 智樹が矢部君に惚れているならば、俺はそれを阻止する。男嫌いの矢部君を俺に振り向かせる。俺は智樹に勝つ事で、智樹への歪んだ感情を封じ込める。
 だがそんな事ができるだろうか。封じ込める、などと言っても、相手は怪物でも何でもない、感情だ。
 俺はそもそも、矢部君あるいは理恵ちゃんの事が好きな智樹、幸せそうに頬を赤らめている智樹が好きなのだから。ややこしい。