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―七― 矢部君江

 サークルとはなかなかとは面白い。ただ駄弁っているだけでサークル活動になってしまう。
 差し当たって何か行事がある訳ではなく、新しく加入した拓美ちゃんと五人で、先ず以て仲を深めるために毎日講義後にこの部室に集まっている。誰にも気を遣わず、誰かがしゃしゃり出る訳でも無く、心地よい空間だ。
 至君は、拓美ちゃんにご執心らしく、口を開けば「拓美ちゃんは」と彼女に話題を振る。
「拓美ちゃんは、彼氏はいるの?」
 いつか訊くのであろうと思っていた事を至君が口にした時は、私は密かに笑った。既に拓美ちゃんから聞いていたのだ。彼氏はいないけれど、食堂で見掛ける理学部の助教に一目惚れをした、と。
 私も一緒に食堂へ行って実際の助教を見た。年上である事は確かだが、年相応の色気が溢れている、素敵な男性だった。既婚者なのだろうか。
「彼氏はいないよ、理学部に気になる人はいるけどね」
 含みのある言い方に、至君のボルテージが上がる。至君ではない、という残酷な真実は、私から伝えてあげる事ではない。
「ねぇ、矢部君は今迄誰かと付き合った事、あんの?」
 興味があるのかないのか、相変わらず抑揚の無い声と死んだ目でこちらに薄笑いを寄越している。何かと私に絡んでくる塁の真意が分からない。
「んなの、ないよ。私みたいな人間が。そんなの」
 眼鏡の弦を直しながら俯いた。隣にいる美女と比較される自分がいたたまれなくなって、いつの間にか涙が浮かんでいる。拓美ちゃんと比べると、私は小学生みたいななりだ。
塁は? と訊き返したいのだが、俯いた涙目からは反撃できない。
 視界の端で、テーブルに乗せられた塁の脚が動くのが見えたが、それを遮る形で人影が私を覗き込んだ。
「ゴメンな、塁が」
 間近に智樹君の顔が迫り、声を上げそうになる。青ざめた顔を横に何度も振ると、ボブの髪がぐしゃぐしゃになった。男前の匂いに、雰囲気に、嫌悪感があるから仕方が無い。ずれた眼鏡をそっと直す。
「智樹は最近どうなんだよ、理恵ちゃんとは」
 至君が、智樹君には長年交際をしている理恵ちゃんと言う彼女がいる事を説明してくれた。智樹君は「かっこいい」と言う言葉が安っぽく聞こえるぐらい「男前」だ。軽薄さなど微塵もない。
「もうそろそろ限界、かもな。理恵とは」
 そう言いながら、手に持っていた塁のシャーペンを鳴らしている。智樹君の言葉に塁も至君も「マジでか?」と声を揃えた。
「もう、強い女は懲り懲りだ。疲れた」
 智樹君の溜息混じりの発言に塁は苦笑し、至君はからりと笑っている。思い当たる節があるのだろう。
「塁は? どうなの?」
 私は渾身の力を振り絞って声を出したので、ややボリュームが上がり過ぎたらしい。皆がギョッとした目でこちらを向いた。が、塁からは思った以上に気の抜けた返答が零れる。
「俺はないよー。彼女いない歴が年齢だから」
 机に脚を投げ出したまま、また白い紙にいたずら描きをしている塁の横顔を見た。
 童顔だが、色素の薄いサラサラした茶色の髪に、薄い茶色の瞳をたたえた眼は大きく、顔全体のバランスが整っている。背は拓美ちゃんと同じぐらいで、男性としては決して背が高い類ではないにしろ、顔が小さいからか、スタイルが良い。女性が寄ってきそうなタイプなのに。
「性格か――」
 誰にも聞こえない声量で呟いた。
 
 何故だろう。彼の一挙手一投足が気になる。彼が無闇に私に絡んでくる事も気になるが、時々彼から送り込まれる視線に気付いていた。何なのだろう。
 小学生が、意地悪をする男子に惹かれるのと、少し似ている気がする。