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「大型コピー用紙、大きさはいくつだっけ?」
 メモを見つつ、ひとりでぶつぶつ呟きながら倉庫内を徘徊していた。紙類が多くて参る。しかも大きさが全て微妙に違うのだ。
 耳慣れたが聞きたくないカツカツ音が近づいてきて、倉庫のドアが開いた。重たく冷たい扉が開く音にヒールの音が重なる。彼女は私の存在に気づいたらしくこちらに一瞥をくれ、それから倉庫内から何か箱のような物を抱えると、パソコンに入力し、出て行った。ドアが閉まる大仰な「ガッチャン」という音の後のカツカツという音が聞こえなくなると同時に、昼休みのチャイムが鳴った。
 私は自分が探していた大型用紙を大急ぎで手に取ると、縦にくるくると丸めて扉に歩いて行き、パソコンに入力後、片手で冷たいノブに触れる。
 回らない。びくともしない。もう一度力を込める。ノブは固着してしまったように、回らない。
 暫くその場に立って扉を見つめる。この扉は、外からはカギが開けられるが、中からは開けられないようになっている事に、今更ながらに気づかされる。
 閉じ込められた。ドアをドンドンと、拳で叩いてみる。冷たい金属の扉にそっと耳を近づけるが、人の気配はない代わりに、金属から放たれる冷気が耳に届く。昼休みのチャイムと同時に、皆が食堂へ行ってしまったのだ。仕方がない。
 私は倉庫の奥に丸椅子を見つけ、それに座って人が来るのを待つ事にした。それにしても......私がいる事を知っていながらなぜあの女は、鍵をかけて去っていったのだ。嫌がらせにしても、露骨過ぎる。金属製の棚とコンクリートの壁から放出される冷気に背中を震わせながら、「カーディガン着てくるんだったな」と一人ごちて身体を縮めていると、扉の向こうからガシャン、と誰かが居室に入ってくる音がした。私は慌てて立ち上がると、こちら側から金属の扉を叩いた。
「ちょ、誰か、ここ開けてください!」
 大声を張り上げて何度も扉を叩くと、誰かが扉の前まで来る足音がして、止まった。「楓ちゃん?」
 黒谷君の声にほっとして「何か閉じ込められちゃったみたい」と扉のこちらから言うと、鍵を取りに行くらしい足音がした。
「災難だね、誰が閉めたの」
 彼は重たい扉を開けたまま手で押さえていてくれた。「ありがとう」と言って彼の前を横切る。
「誰がカギを閉めたのかは分かんないけど......うん、分かんないけど私がもたもたしてたから」
 そう言うと「でもこの居室の誰かなんだろ? わざとだったら怖いな」と顔を顰める。添島さんであろう事は想像に難くないのだが、言わない方がいいような気がして、口にはしなかった。
 黒谷君は正直だ。私が「添島さんに閉じ込められた」なんて言ったらそのまま彼女に苦言を呈しそうなのだ。そうしたらまた私は彼女に恨まれ、同じような事をされる可能性もある。更に陰湿なやり口で。
「昼、行くでしょ。俺、財布忘れて取りに来たんだ」
 目の前に黒い革の財布を取り出した。
「助かったよ、ご飯逃すところだった」
 私は彼に笑いかけると彼も「そうだね」と言って笑った顔が何だかとても穏やかで、この笑顔の元で愛されている添島さんが羨ましいな、と嫉妬混じりに思う。

 昼食後のミーティングで、私が倉庫に閉じ込められた件が話題になった。
「最後に倉庫を出たのは?」
 課長が言うと「私です」と添島さんがすっと長い腕を上にあげた。
「でも鍵を掛けた覚えはありませんから」
 ぞっとするほど冷たい声で言うので、私は耳を塞ぎたかった。他に誰がいるというんだ。この状況で、言い逃れができると思っているのだろうか。おかしな人だ。
「まぁとにかく」
 課長の大きな声が響く。
「あの倉庫は中から鍵の開閉ができない事は皆分かってるだろうから、今後気を付けるように。じゃぁ次」
 次の事項に移った。

「俺さ、さっき実は見てたんだよね」
 課長が誰かと大きな声で話している最中に、黒谷君が小声で私に話し掛けた。
「やったの、奈々美でしょ」
 私は目を見開いて絶句し、彼は「やっぱり」と何かを確信するような目つきで口にする。
「楓ちゃんが倉庫に入った後、奈々美が倉庫に入って行って、出てきたところまで見たんだ。まぁ鍵を掛けた瞬間を見た訳じゃないけど、その後昼のチャイムが鳴ったからね。間違いないよ」
 私は無言で顔を傾げた。絞り出すように言葉を紡ぐ。
「でもさ、やっぱりきちんとした目撃者がいないから、何とも、ねぇ......」
 机に置いた手の上に、黒谷君の手のひらが唐突に重ねられた。私はビクっとしてその手を引っ込める。
「楓ちゃんって優しいんだね。奈々美の事、庇ってくれるんだね」
 そう言うと、薄い笑みを横顔に残してパソコンに向き直った。彼に触れられた手を、もう片方の手でゆっくりと擦る。まるで女性の手のように、冷たい指先で、驚いた。触れてきた手の意味するところが、私には分からなかった。