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 二次会は呑み屋ではなくカフェにしようと言ったのは黒谷君で、駅前にあるカフェに向かって歩いた。真冬と言うのにはまだ足りない寒さだけれど、薄手のコートを羽織っていた私は身震いした。そろそろ厚手のコートをクロゼットから出してくる頃合いだな、と点滅するネオンを浴びながらぼんやり考える。
 唐突に彼が私の肩を抱いて引き寄せた。「ふへっ?」と素っ頓狂な声を出すと、私の横を自転車が三台、通り過ぎて行った。その間ずっと、肩を抱かれていた。
「赤くなってるよ、顔」
 指摘されるまでも無く自分で分かっているのに、指摘されるとさらに赤くなる人間の仕組みがよく分からないなぁと思う。
「岳」
 後から黒谷君の名前を呼ぶ女性の声がして、それが誰の声なのか分かった瞬間に私は泣きたくなった。
 添島さんと中野さんだった。
 添島さんはハイヒールをカツカツ言わせながら近づいてきて、黒谷君に寄って行くのかと思ったら私の目の前に立った。それから斜め上にある黒谷君の顔に視線を遣る。
「何で松下さんと一緒にいるの。今日食事に行けないって言ったでしょ、岳」
 私はばつが悪くて彼女の顔を見る事ができず、奥にいる中野さんに目をやった。目が合った瞬間に彼女は、私なんて存在していないかのように目を逸らす。
 私ははっと顔を上げて「あのね」と添島さんに縋るように声をかける。
「そこで偶然会ったの。私、残業してて、これから帰るところで」
 黒谷君は私の顔を見て、口端を少し上げたかと思うと「俺も買い物してて偶然」と話を合わせてくれた。
 添島さんは訝しげな表情で、私とは目を合わさず、黒谷君に「ふーん」と言うと、「じゃぁこれから家まで送ってってよ、ね」と彼の腕に巻き付いた。
 中野さんは目を逸らしたまま「じゃあ私はこれで」と会社の寮の方角に向かって歩き始めた。私と添島さんの最寄駅は同じ駅だがこのまま三人で移動する事なんて息苦しくてできそうにない。私は逃げるように「じゃぁ私もこれで!」と言いながら逃げるように歩き出していた。黒谷君と添島さんの二人に追いつかれないように、急いで駅に向かった。

 自宅まで大急ぎで帰宅した。心臓が鼓動を強めているのは、何も急いで歩いてきた事だけが原因ではないだろう。黒谷君にあのような事を言われて私は、どうしたらいいのだろうか。
 クロゼットに薄手の上着をしまい、手前に厚手の上着を移した。それから倒れ込むようにベッド横になった。
 黒谷君の気持ちは分かったけれど、一体彼はなにがしたいのか、私には理解できない。添島さんと別れたいと思っているのならば、私がいるあの場で、別れたいと言えば済む事ではないのか。添島さんに腕をとられたまま顔色一つ変えない彼の心の中が解らない。私への嫌がらせの犯人が添島さんだと分かった時点で、それを理由に別れようと考えているのだろうか。別れたら私と交際をするつもりでいるのだろうか。
 添島さんは、本当に嫌がらせの犯人なのだろうか。彼女なら、不愉快に思った事を即座に口に出しそうにも思えるのだが。冷たい視線を向けられる事は幾度もあるが、本当に我慢ならない状況に陥ったら彼女は「岳に近づかないで」とでも言いそうなものだ。
「あー、わけ分かんない」
 自分しかいない部屋の中で呟いて頭をくしゃっとつかみ、全てを流してしまおうと浴室に向かった。