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20 クリスマスの電話

 新製品の展示会の為、東京まで行った。
 丸1日サイと一緒にいて、疲労困憊だった。
 何度「口チャック!」と言いそうになったか。
 クタクタのまま玄関のドアを開け、ローソファに倒れこんだ。

 携帯が短く震える音がした。
 身体を起こして鞄から携帯を取り出し、またソファに寝そべってディスプレイを見ると、リンからだった。
『24日の夜と25日、予定入れるなよ』
 彼がメールを送ってよこす事は殆ど無い。用事があれば社内のメールを使うか、直接会ってやりとりをする。勿論、私も殆ど連絡しない。
 だからこそこのメールが嬉しくて、こそばゆかった。
 そのまま重い身体を起こし、シャワーを浴びた。お湯を張って入浴するほど力が残っていなかった。
 シャワーを浴びて髪を半分だけ乾かしてリビングに戻ると、またメールが着ていた。
『何か返信してこいよ!』
 何か可愛い人だな、と思って薄ら笑ってしまった。
『はいはい、空けときますよー』

「クリスマスは、何か予定あるんですか?」
 外回りの車の中で、珍しく私から会話を振った。酷く後悔した。
「え、何もないけど。もしかして誘ってくれて――」
「違います」
 ほんっと、不本意だ。ちくしょう。サイの言葉に被せて否定してやった。
 明日はクリスマスイヴだ。リンが家に来る。今日、仕事終わりに何かプレゼントでも買って帰ろう。


 クリスマスイヴ。明日は祝日とあって、どこの取引先も面倒な仕事を押し付けてこなかったので、定時であがる事が出来た。
 1時間ぐらい残業になるというリンを待つ間、駅前のショッピングセンターの地下で、クリスマスっぽいお惣菜を買いこんだ。お酒はもう、冷蔵庫に冷やしてある。今日はワインもある。
 仕事を終えたリンと合流し、電車に乗って我が家へ帰った。
 寒くて寒くて、マフラーに顔を埋めていると、リンが自分のミントグリーンのマフラーを取って、私のマフラーの上から巻きつけてくれた。煙草とは違う、リンの匂いがして、少しくすぐったかった。
 上目づかいで笑ってみせると、頭をぽんぽんと叩かれた。


「時間が時間だし、出来合いの物ばっかり買ってきちゃった」
 ビニールから色々な惣菜を取り出し、温める物とそうでない物を仕分けする。
「何だっていいよ。酒とつまみがありゃ何とかなる」
「まぁそう言わずに、色々買って来たから」
 トースターにチキンを入れ、レンジでパプリカの炒め物を温めた。
 サラダの類はお皿に乗せ替え、見栄えを良くした。うん、上出来。
 温めた物を皿に乗せる時「冷蔵庫からワイン出してくれない?」とリンにお願いした。
 カウンターに置いてあった携帯から着信音がした。誰だろうとディスプレイを見ると、中田さんだった。
『もしもし、落合さん改め沢田さん?』
「なにそれ、沢田でいいよ。どうしたの?」
『うん、どうしてるかなと思って。クリスマスだし』
「今食事の支度してた所」
 肩と耳で携帯を挟みながら話した。
「ワイングラスってどこにあんだ?」
 リンが言うので「食器棚の左奥にある」と答えた。
「ごめんね。こんな感じ。そっちは何してる?」
『うん、こっちは――彼が一時帰国してて、これから食事するところだよ』
「え、帰国してるの?それは楽しいクリスマスになるね」
『うん、ありがとう。ごめんね、忙しい時に電話しちゃって。じゃ、切るね』
「はいはーい、メリークリスマスー」

 すっかり盛り付けが済んだ物を、2人掛けのダイニングテーブルに載せた。テーブルが狭すぎて、「ソファで食べるか」という結論に至った。
 赤ワインで乾杯し、食事を始めた。
「さっきの電話は?」
「友達。彼氏がアメリカに出張してるんだけど、一時帰国でこっちにいるんだって」
 あふっとこんがり焼けたチキンの熱さに驚く。
「でも何で電話なんて掛けてきたんだろう。彼とよろしくやってる時に」
 リンはパプリカをシャキシャキと噛みながら「確かにな」と言った。
「自慢したかったんじゃねぇの、クリスマスだから彼が駆けつけてくれたのよー、みてぇな」
 パプリカうめぇなぁと言ってもうひと口食べた。
「そうかもね、羨ましいなぁ」
 中空に視線を漂われてると「何だよそれ、俺がいんだろぉが」と突っ込まれた。
 その顔がまた拗ねた子供の様で、愛らしかった。

 食事を終え、とりあえず空いた食器だけを洗っていると、リンが近づいて来た。
「一応、キッチンが似合うな」
 むっとした。一応とは何だ。
「ちゃんと出来る日は自炊してるんですぅー」
 洗い物の手を止めずそう言うと、リンが後から抱き付いてきた。
「ちょ、邪魔なんだけど、邪魔な事山の如しなんだけど」
「早く洗い物終わらせろよ」
 抱き付いて、私の耳にリンの鼻が触れる。「良い匂い」と耳元で囁く。
「早く終わらせるから邪魔しないの。あっちいってなさーい」
 リンはニヤついた顔でリビングへ戻って行った。何だアイツ。

「ふぅ」
 リビングに戻る時に、もう1本のワインと、2人分のワイングラスを手にした。
「ここからはお酒至上主義の時間です」
 私がそう告げると、リンはワインのコルク栓を開け、ワイングラスにワインを注いだ。
 ブドウの果肉の色をした透明の液体が入ったグラスを、チンと合わせた。
 私はリンの為に買ってきたクリスマスプレゼントを鞄から取り出した。
「はいこれ、プレゼント」
 緑色の包装紙に赤いリボンが掛けてある箱を受け取ると、嬉しそうに目を細めた。
「プレゼントは私よ、じゃねぇのか」
「返せ、今すぐそれ返せ」
 冗談だよ、と言って包装を開ける。中身は、ボールペンだ。
「うわ、パーカーのボールペンじゃん、えー、マジでか、嬉しい。美奈ありがとう」
 目を輝かせて喜んでいるリンを見て、安心した。
「リンはいつも貧乏くさい100円ボールペン使ってるからさぁ。異動もした事だし、ちょっと良い物使いなさい」
 彼はボールペンを片手に持ち、上にあげ、色んな角度から見ている。「勿体なくて使えねぇよ」と呟いた。
「俺もあるんだ」
 がさごそと鞄から出したのは小さな箱だった。同じように赤いリボンが掛けてある。
「見ても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
 ドキドキした。頬が上気しているのが自分で分かる。包装紙を破かないように、慎重にテープを剥がし、少しずつ、少しずつ、中身に近づく。
 ベロアのような手触りの、紺色をした箱の中には、クロス型にジルコニアが配置されたネックレスが入れられていた。
「お前、普段あんまりアクセサリつけねぇから、仕事中でもつけられっかなと思ってシンプルなのにしたんだ」
 箱から取り出し、掌に引っ掛けてみる。ジルコニアに光が反射してキラキラしている。
「ありがとう。これってシルバー?」
「ば、ばか、それプラチナだよ。温泉に入っても変色しねぇからな。だからずっとつけとけよ」
 自然に零れた笑みが、少しずつ大きくなり、「へへぇ」とリンに笑顔を見せた。
 リンも子供の様な笑顔で笑った。
 すぐに首につけた。何があっても、外すことが無いように。
 嬉しすぎて、目じりに少し涙が浮かんだことは、リンには気づかれていない筈だ。