7 女の一馬力 あぁ面倒臭い。何でこんなにチンタラ仕事をしなきゃならないんだ。 私の1馬力だったら20分で帰れるって言うのに。 全てはあの男、高橋のせいだ。 彼が藤の木から諦めて帰るぐらいまで、ここで仕事をしなければ。 てゆうか、もう家に帰っちゃえばいいんじゃない?そんな風に思い始めたところだった。 私以外誰もいない部屋。PCの稼働音とプリンタが紙を排出する不定期な音だけが響く。 不意に、ドアの外から、リノリウムの床を歩く、小動物の声の様な音が聞こえてきた。 何気なく目を遣ると、ガチャリと銀色のドアノブが回り、ドアが開いた。そこにいたのは、高橋君だった。 走ってきたのだろう、呼吸が乱れ、スーツの上着を脱いで手で持ち、シャツは腕まくりをしていた。サラサラの黒髪は汗で束になっている。 暫く何も喋れないほどに肩で息をしていた。私はそれを、ただ呆然と見ていた。 「何で――何で来ないんだよ」 息切れする喉から発せられた言葉は、これだった。 「だって仕事が――」 「お前ならもっと早く終わんだろうが」 鞄とスーツを両手に持ったまま、汗を拭おうともしない。 ただただ肩を上下させて、怒っている。 「ごめん、あの、こないだの――」 「俺が好きだって言った事だろ、あれは本気だ」 「あのさ、そういうの困る」 高橋君の顔から視線を外したが、そのやり場に困った。 「俺の事、嫌いか」 「そう言う訳じゃ――」 「じゃあ何だよ?」 言葉に熱がこもり過ぎて、彼の声は途中裏返った。 どう答えたらいいのか、言葉に迷った。 惹かれている。これは事実。高橋君に彼女がいなかったら、喜んで受け入れていたかもしれない。 「嫌いじゃないの、嫌なの」 彼女がいる。浮気の片棒を担ぐなんて――ごめんだ。 「彼女がいるんでしょ。そんな人の気持ちは受け入れられないよ」 「俺の事、嫌いかって訊いたんだよ」 高橋君の目は、殺気立っていて、恐怖すら感じる。 ああ、何かこういうの、面倒臭くなってきた。えーい、全部言っちゃえ! 「高橋君の事は好きだよ。キスされて、もっと好きになった。だけど彼女がいる高橋君は、私を受け入れると浮気する事になるんだよ。そんなの責任取れないし、そんな面倒な恋愛は嫌いだから」 あなたが好きです、彼女を捨てて付き合ってください。って言えたらどんなに楽か。私は天性の面倒臭がりなんですよ。 「俺の事は好きなんだよな?好きっつったよな?」 ギロリ、と血走った目で私を見据える顔は、堅気の人間とは思えなかった。恐ろしい。 「す、好きでひゅ」 あ、噛んだし。 「仕事、手伝うから早く終わらせろ」 高橋君はそう言って自分のPCを立ち上げた。 え、諦めないの?! |