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18 クリスマス

 駅前はジングルベルの音楽や鐘の音、緑や赤、金や銀の装飾で溢れ、会社の掲示板にも「組合主催 クリスマス会」なんて物が張り出されたりしている。

「クリスマスなんてこの世からなくなってしまえばいい」
 お昼ご飯を食べていると神谷君が急にそんな事を言い出したので、私も涼子も目を合わせて首をかしげた。
「神谷君、どうしたんだ?」
 涼子がそう訊ねると、神谷君はごくごくと喉を鳴らして麦茶を飲んだ。
「俺は今年、一緒に過ごす人がいない。一緒に過ごしたい人は好きな人と過ごすんだ。だからこんな行事、無くなってしまえばいい」
「神谷君、今年のクリスマスは平日だし、クリスマスって別に恋人と過ごすための日じゃないから」
 そう言うと、何故か軽く睨まれるのだった。おぉ、怖い。
「涼子は彼に何かあげるの?」
「うーん、ベースのストラップが欲しいとか言ってたし、そんなにお金掛けられないし、そんなもんかな。みどりは?」
 最近ずっとそれで頭を悩ませていたのだった。
「考えてはいるんだけど、奥さんにばれちゃうような物もアレだし、課長が自分で買いそうな物をあげないとねぇ。ネクタイとか?」
「父の日ちゃうでー」
 神谷君の鋭い突っ込みが入った。
 涼子は、蚊帳の外になりつつある神谷君を会話に引っ張り込んだ。
「神谷君は好きな子に何かあげて、再告白とかしちゃわないの?」
「え、恋人じゃなくてもプレゼントってあげていいの?」
「いいんじゃない?それを切っ掛けにお付き合いが出来るかも知れないよ、チャンスだよ」
 もう何も言ってくれるな涼子さんよ。相手はここにいるんだから。それが言えないのが歯がゆい。今は私が蚊帳の外だ。
「で、その好きな人ってのは誰なの?」
 興味津々の顔で定食のコロッケにソースを掛けながら訊いている。
「それは言えないよ。ね、沢城さーん」
 箸が止まってしまった。何故私に振るんだ、コイツ。
「何、みどりは知ってるの?」
 私は両手をブンブン振って全力で否定した。箸を片方落としてしまった。
「知らない知らない。神谷君、意味不明だよ、大丈夫?」
 普段の私なら「ふざけんなコノヤロー」ぐらい言えるんだけど、会社では出来ない。
 箸立から新しい箸を一本出し、昼食を続けた。
 この微妙な友人三角関係みたいな図式から、早く脱したい。とりあえず、課長との間を涼子が知ってくれたことで、会話がしやすくなったのは事実。


 クリスマス当日は仕事だったので、帰りに課長とサンライズで待ち合わせをした。
「今日は僕が先だったね」
「すみません、お待たせして」
 いつもの様にカウンターに座り、コートとマフラーを脱いだ。店員さんがハンガーを持ってきてくれたのでそこに服を掛け、あとは店員さんにお任せした。
 課長は先にビールを呑んでいたので、私はドリンクをオーダーした。

 カウンターにバイオレッドフィズが運ばれてきたので、課長の飲みかけのビールとグラスを合わせた。「メリークリスマス」眼鏡の奥の目はすぼめられ、口角がキュっと上がった。
「僕ね、女の子にクリスマスプレゼントあげるなんて久々過ぎて、選ぶのに何時間掛かったか」
 そう言いながら長方形の平らな箱を取り出した。
「わぁ、開けていいですか?」
「どうぞ、お気に召すかどうか」
 後ろのテープを丁寧にはがし、包装を解くと、中には綺麗なエメラルドグリーンのマフラーが折りたたまれていた。カシミアと書いてある。
「わぁ、綺麗な色――」
 思わず見惚れた。本当に綺麗な色だった。宝石のエメラルドをそのまま写したような、深いエメラルドグリーンだ。
「ありがとうございます。嬉しいです。実は私もプレゼント、買ったんです」
 細長い箱の形ですぐにばれてしまうと思いつつも、それを手渡した。
「ん?この形はもしかして?」
 包装を解き「あ、正解。でもこんな素敵なネクタイは持っていないよ」
 箱ごと持ち、自分の首元に持って行き「似合うかな?」と細い目を更に細めて笑って見せた。
「凄くお似合いです。良かったです、この柄にして」
 私はマフラーを箱から出し、首に巻いて見せた。「どうですか?」
「凄く似合うよ。今日着てきたベージュのコートにも凄く映えると思うよ」
 そう言われ、「じゃぁ着けて帰ろうかな」とそれを簡単に畳んで紙袋に入れた。
「僕はさすがに着けて帰れないけど、年始一発目はこのネクタイにしようかな」
 ニコニコしながら箱を袋の中に仕舞った。
「クリスマスって不思議だよね」
「何でですか?」
 私は首を大げさに傾げて見せた。
「大人になるとサンタなんて来ないのに、こんなに嬉しいんだから」
「そうですね」
「僕はプレゼントがなくても、沢城さんと一緒にこうやっていられるだけで嬉しい」
「それじゃクリスマスが関係なくなっちゃいますよ」
 顔を見合わせて笑った。

 店から出る時に、着けてきたマフラーを鞄に仕舞い、課長から貰ったマフラーを首に巻いた。
「凄く似合う」
 そう言われ、私は全身の血液が顔に集中するのが分かった。改めて言われると凄く恥ずかしい。
 店を出て、駅まで歩いた。
「課長が夏に奥様と腕を組んで歩いてるのを見て、凄く羨ましかったんです」
「うん」
 課長は穏やかに頷いた。
「でもこうやって、クリスマスを一緒に過ごせて、プレゼントまでもらえて、これ以上望んじゃいけないなって今は思ってます」
 課長は私の横顔を見て「優しいね」と言った。
「こんな不憫な恋愛をさせてしまっているのに、君は文句一つ言わない。本当に優しいね」
 本当は文句の一つや二つ、言いたい。腕を組んで歩きたい。手を握って歩きたい。夏には奥さんに会わないで欲しかった。居室の――あの写真は剥がして欲しい。
 でもそんな事は言えない。私は永遠に、本当の一番にはなれないのだから。
 だったら不満を漏らさず、笑って時を過ごしたい。
 同じ阿呆なら踊らにゃ損、損。そんな場違いな言葉が頭をよぎり、思わず一人でこっそり笑ってしまった。