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4.

 すっかり秋になった。窓を開けると郷愁が漂う匂いが鼻をつく。
 スカイは知ってか知らずか、鳴く事はせず、ただただ外の方を向いてその香りを身にまとっている。
 十月の中旬に男はやってきた。
「九月の終わりに向けて色々忙しかったんだ」
 私が糾弾した訳ではないのに、男は言い訳めいた事を言った。
 チャーハンとスープを作ってちゃぶ台に出す。
「お前の作る中華スープは凄く美味しいんだよな」
 そう言うと、蓮華でチャーハンを掻きこむ様に食べ、あっという間にお皿を空にした。
 青果店で見掛けた梨があまりに美味しそうで、思わず買ってきてしまった。
 それをお皿に乗せ、果物ナイフと一緒にちゃぶ台へ持って出た。
 くるくると渦を巻くように皮が剥がれていく。
 切り分けた梨を男が口にした。
「この前も食べたんだよな。その時のよりも甘くてうまい」
 いつ、誰と梨を食べたのか。料理だって、果物の皮むきだってしないこの男が、誰と梨を食べたのかは気になったが、追及しなかった。
 梨を少し小さく千切って、鳥籠の格子に挟んでやると、スカイが啄みに来た。
 時折、部屋の隅にある男の鞄から、携帯電話の振動が聞こえてくるが、男は気にする気配が無かった。
 ふと、カラーボックスに立て掛けてあった年間カレンダーを見た。男が来た日はピンクで丸が書かれている。
 それに気づかれたら重い女だと思われてしまうと思い、男が見ていない隙に物入れに隠した。
 男が来る間隔が、一週間、二週間、三週間と少しずつ空いている事が分かるそのカレンダーに、明日またピンクの丸を書こう。
 翌朝「また来週来れたらいいんだけど」と少し曖昧な表現をして男は去って行った。


 一週間後、男は現れなかった。
 相変わらずハローワークに通い、今度はパートタイム社員として事務職を斡旋された。
 心療内科に通っている旨を先方に伝えると「今はそういう時代だから」と理解を示してくれた。
 結局、十二月から働き始める事となった。失業保険は切れるが、一カ月程度なら貯金で何とか生活できるだろう。

 心療内科では、薬を飲んでいれば睡眠はとれると伝えた。
 ただ、男の事を考えない日は無かった。考えれば考えるほど、沈む一方なのは何故だろう。
「ハローワークに通えているのなら、それで十分じゃないですか」
 医者はそう言い、処方を変えなかった。

 ハローワークに就職報告に行った際、あの男性に会った。
 就職先が決まった事を伝えると、「良かったですね」と笑みを浮かべてくれた。
「私の方は歳が歳なもんで、なかなかね」
 苦笑している彼には、家族がいる。当然、パートなどではやっていけないだろう。
 検索機で仕事を検索している後姿は、か細く、頼りなかった。

 土曜日は、春巻きと玉子焼き、ポテトサラダに味噌汁を作った。勿論、二人分。
 男は携帯電話を持っていて、私も携帯電話を持っているのに、四月からこちら、一度も通信していないことに気づく。
「明日は行けない」それぐらいのメール、くれたらいいのに、と思う。
 私は冷え切った春巻きを口にした。
 情けなくなって、涙が溢れた。これはきっと、鬱病のせいだ、と思う事にした。