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「郁ちゃん、ご飯食べよー」
 少し離れた席に声を飛ばすと、郁美は手を上げてこちらを振り向き「ハルも仲間に入れてやって」と言った。当然だ、春樹と郁美は恋人同志、そして春樹と大輔は親友。
 結局、泉の席の周りで四人、弁当を広げて昼食を食べ始めた。体育会系の賑やかな昼食だ。
 ふと窓の方に視線を遣ると、一人でコンビニのパンに噛り付く浩輔がいた。一緒に食べる友達なんて、まだいないのだろう。中空を見つめながら、椅子に寄りかかってパンを食べる彼に泉は声をかけた。
「ねえ、椅子持ってきて一緒に食べない?」
 浩輔は自分の事かと戸惑ったように視線を左右に揺らしたが、眉尻を下げて頷くと、食べかけのパンを袋に入れ、椅子を片手にこちらの机に移って来た。その姿を見上げた春樹が口を開いた。
「凄いデカイな、身長いくつ?」
 春樹にとって浩輔はバスケ部に欲しい存在なのだろう。興味津々だ。
「180ちょっとはあるかな」
 おぉ、と歓声にも似た声が上がり、浩輔は少し俯いてパンをかじり始めた。
「バスケは、やらないの?」
 その言葉に春樹以外の三人が同時に吹き出した。
「この人ったら何も知らないのね、もう」と大輔が女言葉で言うのがまた可笑しく、泉も郁美も腹を抱えた。
「バレー部に入るんだ、もう高橋先生にも告げてある」
 申し訳なさそうな顔で言う浩輔の言葉に、何だよちくしょーと春樹は不貞腐れ、大輔の手元にあったコーラのペットボトルを全力で振った。大輔は春樹の腹部に一発こぶしをいれた。
「お弁当は、持って来ないの?」
 食堂も売店も無いこの高校で、弁当を持ってくる人が殆どだ。何気なく質問をした泉は、すぐに後悔する事になった。浩輔は持っていたやきそばパンに一度視線を向けると、ビニールから少しだけ引き出して、次の一口に備える。
「両親を早くに亡くしてて、今は叔母に引き取られてるんだ。だから弁当は頼めなくて」
 笑ってるのか困ってるのか、誰とも目を合わせないまま口元を緩ます浩輔に、小さな声で「ごめん」と呟いた。その横で、ペットボトルのコーラが盛大に泡を吹くのか見えた。
 泉は「そうだ!」と一転、声を張り上げた。声に驚いた春樹の箸から、黄色い玉子焼きがころりと転がった。
「時間割表手伝ってくれたお返しに、今度作るよ、お弁当。一個も二個も変わらないし」
「そんな、悪いよ」と浩輔は困ったような顔をして焼きそばパンを片手に手を振ったが、泉は「決めたから。作る前日には知らせるね」と頑なな態度で焼き鮭を口に入れた。それを恨めしそうに見ている大輔の視線が泉に刺さり、泉は仕方なしに目を向けると「俺のも」と無遠慮に言う大輔に「だったら昨日時間割、手伝ってくれたらよかったでしょ」ぴしゃりと言った。
「ねぇ、明日も一緒にお昼食べようよ、あだ名は何にしよう?」
 泉の言葉に郁美が「こう君がいいじゃん」とニッコリと笑うと「じゃぁそれで」とまた困ったような笑顔をこちらに向ける。
 春樹も大輔も「よろしく、こう君」と彼の肩をポンと叩いた。