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 ワイシャツの白色が薄青く見えるぐらい、日差しが眩しい。
 窓から差し込む光を遮るために、浩輔は薄汚れたクリーム色のカーテンに手を掛けた。
 前に座る矢田部に「カーテン、閉めて良い?」と伺うのを、肘に顎を乗せて泉は見ていた。自分だったら、何も言わずにカーテンを閉めてしまう。こう君はどうしてこんなにも、気を遣う性格なのだろう、と。
 浩輔がカーテンを閉めると、窓際の生徒が一斉に立ち上がってカーテンを閉めた。誰もが機を伺っていた訳だ。カーテンが閉められた教室は、日差しからは逃れられるものの、風の通りが悪く、最高気温が三十度を超える今日は、ノートが汗でしなしなになる。
 先生が黒板に向かった隙に、浩輔はペンの先で泉をつつき、自分のノートを泉に向けた。
「ふにゃふにゃになっちゃってる、ここ」と殴り書きされたページは確かに、文字も揺らいでいる。
 泉は口を覆って笑いを堪えると、浩輔も歯を見せて笑い、その字を消しゴムで消しはじめる。時折見せる、楽しそうな笑みと、時折見せる、違和感のある笑み。対局な笑みを交互に見せられ、泉は戸惑うばかりだった。

 昼食の時間になり、いつものメンバーで机を囲んだその時、廊下の外で、何かが爆発するような音が響いた。音ですぐに爆竹だと分かった。
「キャッ」
 泉の目の前に座っていた日野明菜がその音に驚いて、腕でもぶつけたのか、机からピンク色の弁当箱が滑り落ち、床に逆さまに着地した。
 日野は顔を歪ませ口を覆い、身体を震わせている。
 するとそれを見ていた泉の横からすっと、浩輔が歩み出てきた。逆さまになった弁当箱を日野の机に戻すと、おかずと白米が床に四角を形成していた。それを手づかみで、自分のパンが入っていたビニール袋に入れる。
 彼の後ろで日野が「あ、の」と声にならない声で涙ぐんでいたが、浩輔は振り返らなかった。
 床に落ちた食べ物は全てビニールに回収し、ゴミ箱へと歩いて行った。そして「これ、食べて」と、自分用に買ってあったパンの片方を、日野の机に置いた。
「や、そんな、悪いよ。駅まで買いに行ってくるよ」
 浩輔は自分の椅子に向かいながら振り返り「そんな事してたら昼休み終わっちゃうよ」と、例の遠い次元の笑みを、日野に振りかけた。
「お腹空かない?大丈夫?」
 泉は耳元でささやくが、浩輔は「大丈夫。パン一つでも食えれば十分だし」と小声で言うので「戦時中じゃないんだから」と泉は浩輔の肩をグイと押した。
 その見事なフォローを見ていた残りの三人は、浩輔を「モテパターン」「真似できない」「男の中の男」「焼きそばパンマン」と口々に称え、浩輔は何が何やらと言った感じで短い髪を掴んで困ったような顔をしていた。
 廊下の方で集まって弁当を突いているグループの女子生徒から「目立ちたいんじゃない?」「やりすぎ」「モテたいだけじゃない?」「明菜の事好きなんじゃない?」と明らかに浩輔に対する否定的な感情を持った会話が聞こえてきた。
 弁当を広げ、箸を手にしていた泉はその手をドンを机に叩きつけ立ち上がると、女子生徒のグループに近づいた。全身に怒りのオーラをまとった泉が傍に立つと、彼女たちの顔は一様に引き攣った。
「あんた達、渡部君と同じ事できる? できもしない癖に陰口叩いてんじゃないよ。正面きって物を言え」
 ぷいと踵を返して自席に戻った。彼女たちのひそひそ話は一段と声を潜める形で進行されていた。泉は、自分の悪口を言われる分には構わない、とそのまま放っておいた。
「泉ちゃん、何かごめん」
 やきそばパンを食べる手を止めて、椅子に座りかけている泉に浩輔は謝った。
「悪いのはあの子達だから。ああいう陰口が一番嫌い」
 弁当のふたを開けると「今日はからあげだよーん」と、先程までシリアスだった声とは打って変わって明るい声に変わったのを聞いて、浩輔は安堵したが、複雑な心境だった。泉には、何かをしてあげたいと思っても、何かをしてもらう事の方が多い気がする。俺は誰かに何かをしてもらう存在ではいけないのだ。何かをしてあげなければいけない。泉のためになる事をしたいのに。