3 志保



 グループ内で、私の歓迎会をしてくれると言うので、指定された時間にチェーン店の居酒屋へ赴いた。木曜の夜だと言うのに店内は大盛況で、いつもなら目当ての席がすぐに見つけられるのに、今日は店員さんに「鈴木の連れなんですが」と言って席まで通してもらった。

 一通り自己紹介の様な物をさせられた後は、課長さんの音頭で乾杯をした。大して好きでもないビールをとりあえず飲み、先輩たちの他愛のない話に耳を傾けた。このグループで私と鈴宮君が最年少となる(年齢は鈴宮君のが3歳上だ)。自然と聴き役になる。
 対して鈴宮君は、1杯目のビールで顔を真っ赤にして、両隣にいたグループリーダー鈴木さんともう1人の同僚に、マシンガントークを繰り広げていた。

 右のポケットに入れておいた携帯が短く震えた。明良からのメールだった。すぐに確認する。
『何時に帰る?』
 2次会があるんだろうか、この居酒屋は何時まで何だろうか、そんな事を考えて返信できずにいる短い間に、再び携帯が震えた。
『何時に帰る?』

 以前から束縛が強い傾向にある明良だが、最近は特に顕著にそれが表れている。私がどこで誰と、何をいつまでやるのか、それを把握しておかないと気が済まないのだ。それでいて明良は、ふらりと飲みに出かけたりする。それには慣れたが、この「束縛」には少し辟易している。

『まだ分からない。分かったらすぐメールするから。』
 メールの返事が遅いと「何で返信しないんだ」と怒り、通勤電車で電話に出られないだけで「誰と一緒にいたんだ」と問われる。ちょっと出かけると言うと、「誰と?どこに?何時に帰るの?それまでに帰ってこないと怒るよ」だ。怒る、には愛の仮面を被った暴力が含まれていたり――。
 まぁこれも、彼の生い立ち故の事と思い、大目に見ているのだが。

「何してんのっ」
 気付くと隣に、頬が上気した鈴宮君が座っていた。
「彼氏にメール?」
「ん、そんな感じ」
 ニヤーっと笑って「アッチー、冷房もっと強めにしてもらうか」と言いながら顔を扇ぐ仕草をする。どこのオヤジギャグか。

「1杯でそんなに酔えるって、幸せだね」
「志保ちゃんは結構お酒飲めるもんねぇ」
 決して強くはないが、飲み会で潰れるという事は無い。鈴宮君は、新人歓迎会で呑み潰れ、チームリーダーで同じ寮に住む鈴木さんに抱えられるように連れ帰られたという伝説を持っている。
 「どっかでコーヒーでも飲んで帰んないと、俺、路上で寝ちゃいそうだわ」
 「あ、私、2次会行かないし、付き合うよ」
 少なくとも2次会に出席するよりは早く帰れるだろう。
 鈴宮君は「あらそう?」と言って目の前に置かれた誰の物か分からない烏龍茶をゴクリと飲んだ。



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