34 志保



部屋のドアが開いた。そこから部屋に入って来たのは数人の警官だった。明良は直ちに取り押さえられた。観念したのか、急速に大人しくなった。
「はい、君、暴行してたね。一緒に警察来て貰うからね。あと、サンドバッグの君。」
「へぁあ、俺ッスか。」
鈴宮君は血飛沫が飛んだ壁に凭れる様に座り、警官を見上げている。
「うん、君が電話くれた鈴宮君だよね。パトカーで病院連れて行くから、その後話を聞かせて。」
目の前で起こっている事が飲み込めない。鈴宮君がパトカーを呼んだ?いつ?ベランダで余裕こいて電話をしてたのってもしかして――。
「お姉さんは、この婦警さんと一緒にパトカーに乗ろう。そして少しお話を聞かせてくれる?」
「あの、パンツ、パンツ穿きたいんです。」
じわっと耳が赤くなる。仕方がない。だって下着を穿かないまま移動するなんて――死にもの狂いで逃げ回る時は別として、理性的な自分がノーパンを拒んだ。
婦警さんが他の警官と「近所のコンビニで」とか何とか話をして、婦警さんは一度部屋を出て行った。その後すぐに明良が警官に両腕を抱えられて部屋を出た。その間明良は、ずっと私を見つめていた。その目には一切の殺気は無く、ただただ私を愛おしく想う、あの目だった。私がボロボロになった後、私に縋って謝って、愛してくれるあの目だった。
次いで一人の警官が鈴宮君に肩を貸し、同じように部屋を出て行った。横顔しか見れなかったが、イケメンが台無しな程膨れ上がっているのが、横顔からでも分かる。壁に、床に、血がついている。
ひょいっと玄関から、鈴木さんが顔を出した。「よっ」と手を挙げて、警官に何か話をし、部屋に入ってきた。私の傍に座った。
「鈴木さん――」
「あのね、この部屋、俺の部屋なんだ。令二から聞いた?」
首を横に振った。
「宮川君だっけ?が志保ちゃんを追ってくるだろうって考えた令二が、部屋をチェンジして、警察を呼ぶ時間を稼いで、警察がマンションに到着したら、今度は自分がサンドバッグになるって、そういう計画を俺に話してくれたんだ。まぁ、二発位なら殴られても大丈夫だって、令二は言ってたけど、どうだったんだろう。」
胸に熱いものが込み上げて来た。そのままそれは涙に変わり、瞳からボロボロと転がり落ちた。スカートに染みを作った。
「私の――私の為に、あんなに殴られて――」
鈴宮君の殴られ方は壮絶だった。私だって日頃から殴られ慣れているが、あんな風に、骨と骨がぶつかる鈍い音を聞く事なんてない。それでも鈴宮君は、身を挺して私を守ってくれた。
「ま、愛ゆえに志保ちゃんと周囲を傷つける人を選ぶか、愛ゆえに人を守る事に徹する不器用な人間を選ぶか。これから志保ちゃんが選ばないといけないねぇ。」
ふぅー、と鈴木さんはため息を吐いた。それは呆れから来るものではなく、安堵から来るため息の様であった。
「答えは出てるんでしょ。あとはそれを行動に移せばいい。その為には俺も令二も、協力するから。とりあえず今日、俺は令二の部屋に泊まるから、志保ちゃんはこの部屋に戻っておいで。警官にもそう伝えておくから。」
嗚咽で声が声にならず、頷く事しか出来なかった。鈴木さんは私の頭をポンポンと優しく叩いてくれた。ジワリと温かかった。
程無くして先程の婦警さんが下着を買ってきてくれた。
「じゃ、俺はこれで。」
鈴木さんは部屋を出て、外の警官と何かを話している声がした。私は婦警さんに渡された下着を穿き、彼女に連れられて階下のパトカーに乗った。



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