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17:初秋の初夜

「スーミーカーちゃん」
 隣の友達を呼ぶ小学生のような声だ、葉子は自分でそう思った。
 夕食の後、スミカの部屋を訪れた。
 水色のドアをノックすると「どうぞ」と中から声がしたので、ノブを回して中へ入った。
 以前とは違う香水の匂いがした。
 この人は男が変わる度に香水の匂いが変わる。この匂いは対健人用か。
「何かあった?」
 いつものようにカーペットに脚を投げ出して座り、スミカはベッドに腰掛け華奢な脚を伸ばした。
「あのさぁ、セックスってどう?」
 いきなりの質問にブワッと笑ってしまったスミカだが、葉子があまりにも真面目な顔をしていたので、咳払いを一つした。
「どうって言われても――何、晴人とするの?」
 ストレートな物言いはお互い様で、葉子はさっと頬を赤らめた。
「するかどうかは分からないけど、どうしたらいいのかなーって。何か、特別に私がしなきゃいけない事ってあるの?」
 顎をこぶしに乗せて「うーん」と唸ったスミカが「何もない」と答えた。
「あんなの、男に任せておけばいい。痛いなら痛い、気持ちがいいなら気持ちがいい、素直にやっときゃどうにでもなるって」
 ほほー、と頷く葉子が生真面目で可笑しい。
「健ちゃんとスミカもそうやってやってるんだね」
「何か生々しいからそういう事言わないでくれる?」
 嫌悪感丸出しの顔でそう言われ「すみません」と葉子は謝った。
 スミカは窓が開いていない事を再度確認した。こんな話、健人には聞かれたくなかった。
「お邪魔しました。今日のハンバーグ、美味しかったよ」
 そう言い残して、葉子はスミカの部屋を後にした。
 葉子はとうとう、操を捨てるんだな。スミカはチョットだけ親のような気持ちになった。

 窓を閉めている葉子の部屋には、煙草の煙は届かない。
 もう秋だ。冷えはじめた秋の夜でも、晴人は外で煙草を吸う。少しだけ可哀想に思う。
 ベランダを見遣ると、いつもの様に蛍みたいな煙草の光りが、強くなったり弱くなったりを繰り返していた。
 葉子はパジャマの上にカーディガンを引っ掛けてベランダに出た。
「おっす」
「おう、寒くない?」
 カーディガンを握って見せた。大丈夫、と。
「冬になってもこうやってベランダで、煙草吸うの?」
 冷たい風に顔を顰めながら晴人は「そうだね」と言う。
「煙草は値上がりするし、喫煙所は減る一方だし、喫煙者には厳しい世の中だよ」
 悲観するような顔付きで灰皿に灰を落とすので「やめたらいいじゃん」と言うと、「そんなに簡単にやめられないの」と返ってくる。
「ねぇ、寒いでしょ。温めてあげるって言ったら、どうする?」
「は?」
「セックス、してもいいよ」
 葉子の顔をまじまじと見ながら、手元を見ずして灰皿に煙草を押し付けると、夜風に灰が少し舞い上がった。
「行くぞ」葉子の腕を掴み、ベランダから晴人の部屋に入り、葉子はベッドに押し倒された。頭上に置かれた灰皿からは、煙草の匂いがした。
 スミカに言われた通り、彼に全てを委ねた。
 ベッドの横に貼ってあるシドヴィシャスに、行為を見られている様で、恥ずかしかった。

 思っていたよりも単純で、簡単なものなんだと知った。
 これを好きこのんでやる世の中の恋人たちの気がしれない、そう葉子は思った。
「こんなもんで繋がりあってる人間は、猿か犬だ」
 ベッドの上でパジャマを着ながらそう呟くと、それを耳にした晴人は「またぁ?」とだるそうに項垂れた。
「仕方ないじゃん、人間てそう言う風に出来てんの。男が凸なら女は凹でさ。組み合わさる様になってるの」
「だからそれが猿や犬だって言ってんの」
 晴人は頭をゴシゴシと掻いた。葉子の頭の中では、セックスとは繁殖行為に過ぎないらしい。
「俺たちは、猿や犬とは違う。子孫を残すためにこんな事をする訳じゃないんだよ。犬も猿も、快楽の為に交尾してるわけじゃないでしょ?繁殖行為でしょ?」
 我ながら良い事を言ったと思ったが、葉子には響かなかった。
「じゃぁ晴人は、快楽の為にセックスしてる訳か」
「はぁ?!」
 もう何も言うまいと思い、黙った。この話題をストップさせた。
 丁度パジャマを着終わった葉子に、落ちていたカーディガンを優しく掛けてやった。
「変態、触らないで」
 一喝された。もう何もするまい。