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6.設楽唯香

「いい加減教えてくれてもいいんじゃない?」
 テーブルに置いてある智樹の携帯に目を遣る。どう見てもブレスレットなのに、無理矢理に革紐でストラップに仕立ててある。
 緑茶を持ってきた智樹は私から携帯へと目を移すと、静かなため息みたいにふっと笑う。
「だから大事な思い出っつったろ」
 納得いかなくて、大袈裟なぐらいに頬を膨らます。こうして可愛げをアピールしても、智樹はうんともすんとも言わないのはもう承知しているのだけど、女の性と言うものだ。
「ねえ、私が新しいストラップ、プレゼントしようか?」
 自分とは関係のない所で作られた思い出に支配されているこのストラップが、妙に気に食わないのだ。少し前に、私が麦茶を零してストラップを濡らしてしまった時の智樹の焦り様には正直、辟易した。
「いらねぇ。今使ってるので十分だ」
 目の前に座って緑茶をすすり始めた。嫌がられるのは分かっているけれど、私は智樹の隣に席を移して腕に絡みつく。
「茶ぐらいゆっくり飲ませろよ」
 焦りを含んだ声が頭上から降り注ぐけれどお構いなしに私は、彼のパンツのファスナーを開く。上目遣いで彼を見遣ると、困った様な顔をした智樹が愛しく愛しく思える。
 金曜の夜は余程の理由がない限りこうして智樹の家に来る事にしている。会社からここまで一時間、ずっと手をつないで、ここで体を繋いで。

「ねえ智樹」
 彼の腕の中で声を掛けると「なあに」と柔らかな声が彼の胸を通して耳に届く。優しくて、もっと近づける。
「ずっと一緒にいたいなって、思ってるよ、私」
 それまでゆっくりと時を刻むみたいに聞こえていた鼓動が、俄かに騒がしくなるのが分かった。
「そう。ずっと、か」
 まるで私とは正反対を向いているような、そんな物言いに聞こえる。いつもそうだ。智樹は恋人である私といても、私と身体が繋がっていても、何か別のものを見ているように思える。それが、あのストラップに込められた「思い出」に関係あるとすれば、彼とずっと一緒にいる約束は、なかなか承諾して貰えないだろうと感じ、歯痒い。
「ねえ、智樹の元カノって、どんな人だったの?」
 鼓動は騒がしいまま、視線を移した智樹の顔には、焦りにも似た表情が読み取れる。
「ん、地味な、眼鏡の、普通の子だよ。何の変哲もない」
 きっと嘘がつけないんだと思う。口調に、表情に、全てが出てしまう不器用な男なのだ。
 その何の変哲もない元カノが、彼を雁字搦めにしている。そう直感すると、少しばかり大きめに膨らむ胸の奥に、嫉妬の炎が灯るのが分かった。
「智樹の思い出、デリートできたらいいのに」
 呟くと、彼の大きな手の平が、私の頭を数回、撫でた。