35 重々承知



 入社3年目に突入した。いつの間にか後輩が増えたが、殆どが大学院を卒業した年上の後輩ばかりで、扱いに困る。とりあえず、敬語だ、敬語。

 毎年7月に行われる野外ロックフェスティバルに、今年も行く事にした。将太の分と2枚のチケットを確保した。
 3日間行われるフェスだが、去年は1日目、将太が仕事になってしまい、私は1人新幹線で現地に向かい、同じくフェスに参加していた浅田さんとその同僚さん達、そして彼氏と来ていたタキと合流し、一緒に盛り上がった。今年はどうなる事やら。
 とりあえず今年も参加する事をつらつらとブログにアップした。

 その後、SNSサイト経由でメールが来た。
 ハルさんというその人は、今年初めてフェスに参加するという。情報交換しましょう、という気軽なメールだった。
 その後何度かメールのやりとりをしたが、その中で、私が小学生の頃に同級生だった「福島君」と、ハルさんと一緒にフェスに来る男性が同一人物だという事が判明し、一気に距離が縮まった。
 「世間は狭いですね」
 そんな話になった。


 「浅田さんはフェス、今年も行くんですか?」
 「行くよ、まぁ1日目だけ行って、べろべろに呑んだくれて、翌日温泉に入って帰るっていうおっさんプログラムだけどね」
 「いいじゃないですか、おっさん上等っすよ。また乾杯しましょうよ」
 浅田さんは洋楽が好きで、バンドをやっていた経験もあり、音楽の話で盛り上がる事が出来る、社内で唯一の人なのだ。勿論、エロの話でも盛り上がる訳だが。


 バンドのスタジオリハが終わり、タキが家に遊びに来た。
 「散らかっとるなぁ、あんたの部屋」
 「まぁね、ギターいじり始めるともうダメだよね。シールドだのエフェクターだのがその辺に転がるし。まぁあんたの部屋も大概だけどな」
 私もタキも、お片付けは苦手だ。

 「そんで話とは何だね?」
 「実はさ、将太のメールを見ちゃったんだよ」
 キッチンカウンターに並べた2つのグラスに麦茶を注ぎながら言った。水が跳ねる音がする。タキは目をランランに輝かせながら「何があった?」と言う。人の不幸は何とやら。
 「女の名前と女の裸、将太の局部の写真、待ち合わせのメール。以上」
 「あんた達、お互いそういう事やってんのね」
 麦茶をドンとテーブルに置くと、中身が跳ねて、テーブルに水玉を作った。

 「私は写真なんて送ってない。サトルさんの局部の写真なんて送られてきても引くわ。50キロ後ろまで引くわ。それと私に対する不満もつらつらと書いてあったね。」
 タキはグラスに口を付けたまま私の顔をじっと見た。そして言った。

 「別れたら?」
 んふっ、とつい破顔してしまった。
 「そう簡単に言うな。戸籍にバツが付くんだぞ。因みにもう一つ付け加えておくと、ママから40万もお小遣いを貰った事も発覚した」
 リビングのガラスケースに飾られた数多のフィギュアをじーっと見たタキの口から出た言葉は、先程と同じだった。
 「別れたら?」

 何故40万も必要になったのかと訊かれたので、家賃の事を話した。
 やはり「別れたら?」と言われるだけだった。
 「だって、金遣いがそれだけ荒いんじゃ、この先子供だって作れないでしょ。生活できないもん。
 つーか、お互い不倫してるようじゃ、子供が出来ないどころか、別の所で子供が出来ちゃうかもしれないじゃん」
 「そうだよね、一緒にいる意味が、意義が、見いだせないんだよ」
 麦茶が入ったグラスに視線を落としたままそういうと、タキがソファの隣に移動してきた。そして肩をポンと叩いた。

 「前に言ったよな。別れることになっても、我慢する決断をしても、私はあんたの味方だ。だから思うように行動してみなさい」
 「前にも言ったよな。お前超いい奴」
 そう言って目を細めた。勿論、笑える話ではない。



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