13 オートロックの出だし 浴衣なんて、いつ以来だろう。 大学4年の時、花火大会で着てから、袖を通していない筈だ。 着方が分からず、インターネットで調べて何とか仕上がった。 裾に大きな牡丹の花があしらわれている、紺色の浴衣に、暗い桃色の帯。 長い黒髪を下していると日本人形の様で怖いので、お団子に結い上げた。 まだ16時だ、時間はある。 携帯電話が鳴った。誰からだろうとディスプレイを見ると、中田さんからだった。 『もしもし、落合さん?』 「うん、中田さん、こんにちは」 『あのね、突然なんだけど、今日一緒に花火、行かない?』 女の人に花火に誘われるなんて、それこそいつ以来だ。 「え、彼氏は?」 『今日は用事が出来たとかで、一緒に行けないんだ』 何だか常に忙しい彼氏だな。まさか中田さんを避けてる訳ではあるまいな。 「ごめんね、今日友達と一緒に観る事になっててさ」 『そっか、分かった。ごめんね、急な誘いで』 「いえいえ、こちらこそご期待に沿えずにごめんね」 そう言って電話を切った。 高橋君とは相変らず、プライベートの携帯番号やアドレスのやりとりをしていない。 今日は私の家の住所だけを告げ、「16時以降ならいつでもいい」と言っておいた。 丁度17時を過ぎた頃、オートロックのインターフォンが鳴った。「高橋です」とあの低い声で言うので、私は何も言わず「開錠」ボタンを押した。 玄関のインターフォンが押され、戸を開けた。 「お前、何か言えよ、インターフォン」 第一声がそれだったので、思わず吹き出した。 「だって私が何も言わないうちから『高橋です』とか言うんだもん」 彼の低い声を真似て言うと、げんこつのポーズをされた。 「どうぞ、何もない部屋ですが」 招き入れると、「ほんと、何もないな」と言われてむっとした。 高橋君は濃いグレーの甚平を着ていた。何を着ても様になるな、イイ男は。 「何か、セクシーじゃん、甚平着ると」 そう言うと、彼は顔を真っ赤にした。 「そういう事は、男が、浴衣を着てる女に言うの!」 いたずらっぽい顔をして「言ってみよ」と促すと、更に顔を赤らめてぽつりぽつりと言葉を吐いた。 「お前こそ、セ、セクシーじゃん。うなじとか、スゲェあれ――」 こいつ、前も「うなじが」って言ってたな。うなじフェチか。 あ、と会話を一新するように声を高くして彼は、手に持っているビニールを差し出した。 「つまみになりそうな物、買ってきたからさ。あとビールも入ってるから、冷蔵庫に入れとけ」 袋を受け取った。ずっしりと重たい。ローソファを指さして「そこ座ってて」と言うと、肩をぐわんぐわん回しながらソファに座った。 「お前の部屋、男の部屋みたいだな」 「帰ってくれ」 「褒めてんだよ、ごちゃごちゃしてなくていいって事だよ」 褒めてるようには聞こえないその言葉に、再びムっとした。 「彼女の部屋はやっぱり女の子らしい、綺麗な部屋なの?」 「まぁ綺麗は綺麗だな。落ち着かねぇけど」 確かに私の部屋には物が少ない。人より少し多いとしたら書籍の類で、それは寝室の大きな二重本棚にしまってある。 ドレッサーも寝室だし、勿論洋服も寝室。中田さんの様に飾る写真もない。数少ないアクセサリーも寝室。これじゃ寝室で生活してるみたいじゃないか。 「向こうの部屋、見てきてもいいか?」 お宅訪問かよ、と突っ込みつつ、どうぞと返事をした。 見られたくない場所が無くも無いので、一緒について行った。 「うわ、スゲェごつい本棚。これもしかして、あ、奥にも本が詰まってんの?」 本棚のスライド扉を左右に動かして嬉しそうにしている。 「さすがにこの部屋は女の部屋だな」 「そりゃ女ですから」 「でも布団カバーのセンスが男だな。あとこのギターも。リッケンバッカー」 はいはい出てってーと高橋君の背中を押して部屋から追い出した。 お前は姑かっ! |