31 明良



またアイツとあそこにいたな。俺と目を合わせておきながら、知らない振りをしたな。アイツは俺に喧嘩を売ってるのか。どうせなら病院でボコボコにしておくんだった。俺の志保に、二度と触れない様に、触れられない様にしておくんだった。
「ただいま。」
いつもより小さな声で志保が部屋に入ってきた。
「お帰り。お茶会は楽しかったかい?」
一呼吸あって、志保は返事をした。
「うん、まぁ。」
上着を脱いでハンガーに掛けた。俺は志保の後ろに立ち、後ろから抱いた。
「何すんの。」
志保は横目で俺を睨んだ。こんな目は初めて見た。俺は少し動揺した。
「鈴宮に調教でもされたか?あァ?俺の存在は無視して茶しばいてたのか?どうなってんだ?」
抱いていた腕を首まで持ち上げ、その細くて白い首に手を巻き付けた。少しずつ力を込めた。
「あんなへなちょこの何がいいんだ?言ってみろ。」
「っがっ、あっ」
「死んで俺の隣で一生暮らすか?時々鈴宮にも見せてやるか?」
「っぐぅっ――」
暫くして手を離すと、その場にへたり込んだ。油断をした隙に志保はバッグと手に取ると玄関へ走って行った。すぐに追いかけ、シャツの首を捻り、居間まで引き摺った。志保を仰向けに寝かせ馬乗りになり髪を掴み、床に頭をゴンゴンと五回打ち付けた。志保は暫く俺を睨んでいたが、四回目で目を瞑った。だらしなく涎を垂らしている。
「お前は俺の横が似合ってるんだよ。誰の横でもないんだよ。俺の横なんだよ。」
そう言うと、志保が目を開いた。
「私は明良の専有物じゃない。私は明良がいなくても生きていける。明良以外にも必要な人が沢山いるの。私を必要としてくれる人も沢山いるの。だからもうやめて。こういう事するの、やめて。」
珍しい口答えをするもんだと思い、口を口で塞いでやった。そしてもう一度首を絞めた。
「今まで俺がお前にしてやった事は無意味だって事か?お前は俺に依存してたくせに、今になって必要ないだと?寝言は寝て言え。俺がいない世界なんて想像できないだろ。」
必死に呻き声をあげている志保に欲情してきた俺は手を離し、馬乗りの姿勢のまま下にずれ、スカートの中の下着をずりおろした。
その瞬間、志保の足が俺の股間を直撃した。俺は壁に吹っ飛ばされ(志保の身体にこんな力があった事を知らなかった)得体のしれない物が込み上げてくる気持ちの悪さに卒倒しそうになり、逆に俺が呻き声を上げた。その隙に志保は、玄関に散らかっていたバッグを持って外へ出て行った。
行先は大体見当がついている。とりあえず俺は股間の痛みが止むまで、壁に凭れていた。さて、どうやって俺の志保を取り戻そう。アイツから。


壁に凭れたままで暫し考えた。アイツの、鈴宮の居所を掴めないだろうか。志保は鈴宮を頼って逃げたに違いない。何か住所が分かるような、連絡網――。在処が分からない。あとは――そうだ、年賀状だ。几帳面な志保は、毎年年賀状を綺麗にファイリングしていた。その中にあるだろう。
未だ重ったるい股間の痛みに顔を歪めながら立ち上がり、書類が入ったカラーボックスからファイル類を乱暴に床にばら撒いた。今年の年号が掛かれた葉書サイズの黄緑のファイルを見つけた。表紙を開けると、事もあろうにアイツの年賀状が一番に入っていた。その事が酷く気に入らず、志保が帰ってきたらコレをネタに詰ってやろうと思った。
住所の検討は大体つく。あの辺にあるデカいマンションだ。部屋番号五〇五を頭に叩き込み、携帯と財布をデニムの尻ポケットに突っ込み、外に出た。



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