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14.
「じゃぁよろしく頼むね、エリカちゃん」
 義母は泊りがけで友人と旅行に行くと言う。私は義母を見る最期になるかもしれないと思い、玄関先まで見送った。「いってらっしゃい」
 玄関の前につけた黒いタクシーに乗り、義母は旅行へと出かけて行った。
「玄関まで見送るなんて珍しいな」
 総司は茶の間でミカンの皮をむきながらテレビを観ていた。年の瀬が迫っている事もあり、特番ばかりで「観たい物が無い」とぼやいている。
「ミカン、もう少し持ってこようか」
 私は土間へ行き、ミカンが入った段ボールから、カゴに五個、ミカンを入れた。
 不意に、近くにあった大きなビニール袋が目に入った。人が一人入る事が出来る位はあるんじゃないかと思う、大きな袋だった。その隣には台車。お義父さんが農作業に使っていたのかもしれない。
 炬燵の天板にミカンを置き、その場に座った。観たい物が無いと言いながらもお笑い芸人が何人も出てくるくだらないバラエティを観て大笑いしている。
 私は笑っている彼の横顔を見ていた。女たちを引き付けて止まない彼の端正な顔。大笑いしたって崩れない。
 中には彼の身体に惹かれている女だっているのだろう。彼のセックスはとてもいい。森崎もきっと、彼のそこにも夢中なのだろう。陽子だってきっと、もっとしたかったんだと思う。
 そして何より、誰にでも優しい。逆にそこが仇になっているのだ。彼自身気付いていないが。
「ねぇ、今日は一緒にお風呂に入れるね」
 私もミカンの皮を少しずつ剥きながら、番組に釘付けになっている彼に話しかける。
「え、風呂?あ、そうだね。母ちゃんいないし。派手にやっときますか!」
 私は少し俯いて、静かに笑った。派手にやるのは、私の方だ。


「ねぇ、私のどこが好きなの?」
 夕飯はカレーにした。総司が好きな、牛筋が入ったカレーだ。
「何、急にそんな事訊くの?」
 カレーとご飯をスプーンで混ぜながら、「何となく聞いておこうかと」と言うと彼は「うーん、沢山あるけどなぁ」と応えに窮していた。
「何となくだよな、色んな相性がいいと言うか、好きな物が似てたり、タイミングが似てたりっていう、本当に何となくなんだよ。でも、本当に好きだよ」
 子供の様にニコっと笑いかける彼の笑顔が、もうすぐ見られなくなると思うと、胸が苦しくなる。
「お代わりちょうだい」
 総司からお皿を受け取り、ご飯を盛り付け、カレーをかける。お肉を多めに盛った。
「俺、同級会に行って思ったんだ。やっぱり誰よりもエリカがいいってさ」
 この期に及んで決心が揺らぐような事は言って欲しくなかった。それでも、彼も私と一緒にいる事を望んでいる事に、変わりはないか。そう判断した。
「私も、総司と、ずーっと一緒にいたい。死んでも一緒にいて欲しい」
「死んでもって何だよ」
 笑った拍子に口の端からぽろりとご飯が零れ出てきて、それを拾って口の中に入れる彼の姿がとても幼く見えて、儚くて、消えそうで、私の手の中に入れておかなければと感じる。
「死ぬ時は一緒だから」
 そう言って私が笑いかけると「何だよそれは」と訝しげに、でも笑うのだった。私はうまく笑えたか、自身がない。