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9.
「ほら、隣のおばちゃん、こんにちはって」
 赤ん坊を抱いた陽子が近づいて来た。最近はなりを潜めていると思ったのに、また出てきた。まるで都会のゴキブリだ。
「あぁ、こんにちは。もう外に出して平気なんですか?」
 私は努めて無表情で洗濯物を干した。
「もうベビーカーで散歩してる。泣く事も減ったし、少しは可愛くなってきたよ」
 そう言いながら性別のよく分からないクシャクシャの赤ん坊のおでこを撫でている。
「男自慢の次は、赤ん坊自慢ですか?」
 詰まらない喧嘩である事は承知しているが、言わなければ気が済まなかった。流産をした私に赤ん坊を見せつけ、私の夫とセックスをした事があるとわざわざ言いつけ。
「うーん、自慢ねぇ。自慢だと感じるって事は、あなた自身、羨ましいと思ってるって事でしょ」
 話にならないと短くため息を吐き、私はさっさと洗濯物を干した。早く、籠を空にしてしまえ。
「今度ね、同級会があるの」
「知ってます」
 急に強い風が吹き、一枚の台布巾が飛ばされそうになった所を素早く掴むと洗濯バサミで留めた。
「もう部屋に入ったらどうですか?赤ちゃん、可愛そうですよ」
 風に舞ってアスファルト面から砂埃が舞い上がっているのが視認できる程だ。だが陽子はそんな話には耳を傾けず、自分の話したい事だけを話す。
「きっと総司は注目の的。都会から戻ってきた色男だからね。誰かしらが彼を誘うと思う。この辺りは娯楽が少ないからね。セックスぐらいしかないの、娯楽が」
 セックスが娯楽だと言っている女がよくもまぁ子供を産んだなぁと感心すらしてしまった。娯楽、快楽の末に出来た子供なのかも知れない。
「陽子さんは同級会には行くんですか?」
「勿論」
 意味ありげに私に視線を投げつけるので、私は目のやり場に困った。
「私が色男を釣り上げるかも、なんてね」
 後ろ手に手を振りながら赤ん坊を片手に部屋に戻って行った。
 この町の女たちは、何故、皆こうも積極的なんだろうか。男に飢えているのだろうか。それとも私の夫がそれほど魅力的だという事なのだろうか。
 その場でエプロンを外し、籠の中に入れると、勝手口から部屋に入った。